十七代 藤井宗仙 一葉斎(如月庵)

本名昌治、明治十四(1881)年二月一日生、

昭和四十三(1968)五月、八十八歳で没。

学校教諭の後、銀行員。

養父 藤井一藻斎暁湖は十五代鵜殿長の弟子。

大正十四(1925)年に志野流十七代を継ぐ。

弟子に、十八代藤井宗生のほか、十九代中嶋宗保、中嶋節(雲水斎宗節、横須賀へ移住)、英宗幽(寥々斎、艸央庵)、小沢宗実、松本宗義、木下桂風*など多数。

稽古の心得として『伝心録』**なども重視していたという。


また、この方も、十六代岡宗匠同様、名古屋の蜂谷家で茶道の伝授が途絶えた旨、確認しに伺ったとのことである。当時の三千家の興隆に危機感を覚え、同じ流祖を抱くならば、名古屋の志野流へ合流し、団体を作るべきではという考えが当初はあった。しかし、因幡で伝授されてきた点前とはかなり異なることを確認し、鳥取は鳥取で宗家として続くべし、茶道に関しては別系統と考えるべきと判断されたという。

一方で、岡宗匠の弟子筋にあたる塚田宗匠は、移動して蜂谷家の松隠会に所属することを選択した。


*木下桂風 本名徳蔵、茶人としては宗順。関東へ移住し、大学に勤務。著書『日本花押大観』『名物茶入考』『茶道入門』など多数。


**『茶道伝心録』は、志村三休(1688-1757)が門人の荒井一掌に与えた「茶道仕心録」のこと。三休は、三斎流中井裕甫の門下で、当時の茶匠として有名。養父 一藻斎が書写し、十七代も書写した。



参考文献

『志野流茶道』基礎編、史料編、藤井宗生、志野流松風会、1982-83

『志野流の茶道』上下、英 宗幽、人形のはなふさ、1997

『山陰茶道史考』山野辺慶一、山陰茶道史考刊行会、1968



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