四代 蜂谷宗悟 休斎

天正十二(1584)年没。

美濃国堂洞の城主蜂谷伯耆守願重の子・天正十六(1588)年没 とも。

信長の家臣 建部隆勝も省巴の高弟であったというが、志野流としては、

蜂谷宗悟が継いだ。

建部隆勝は香道の米川流の祖とされる。

伝授されたものをまとめたという「香道規範」の著作がある。


後世の作であろう『香茶湯古人作例』に「休斉宗悟雪之茶湯」の言があり、

どのような茶の湯であったか気になるところである。

この頃はまだ、茶華香とも道として未分化で、それぞれが達人に学びに行く関係であったと考えられる。


参考文献

『志野流の茶道』上下、英 宗幽、人形のはなふさ、1997

『尾張の茶道』熊沢五六,中村昌生,松村静雄編、河原書店、1972

志野流茶道 松風会

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