万治三(1660)年没。
宗因の長子という。
俗称 能登。
寛永十(1633)年、後水尾上皇の七夕七種御遊の内、七夕香之会に参席し、香之(こうもと)を務めたという。
また、先代宗因の「追善香の茶湯」を行っており、その上客は、千宗旦であったという。
参考文献
『志野流の茶道』上下、英 宗幽、人形のはなふさ、1997
『尾張の茶道』熊沢五六,中村昌生,松村静雄編、河原書店、1972
万治三(1660)年没。
宗因の長子という。
俗称 能登。
寛永十(1633)年、後水尾上皇の七夕七種御遊の内、七夕香之会に参席し、香之(こうもと)を務めたという。
また、先代宗因の「追善香の茶湯」を行っており、その上客は、千宗旦であったという。
参考文献
『志野流の茶道』上下、英 宗幽、人形のはなふさ、1997
『尾張の茶道』熊沢五六,中村昌生,松村静雄編、河原書店、1972
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