志野流香道、志野流茶道の初代(流祖)。
行年七十九歳、一説に八十二歳。入道し、宗信を名乗る。
かつて実在すら疑われたこともあるが、現在の研究では、存在は確認されたといってよい。
志野流香道の祖とされるが、そもそもこの時代に流儀としての「香道」が生まれたといっていいかどうかについては疑問も残る。
伝えでは、
香道のための部屋 六畳間の松隠軒を建てた
奥州白河出身で土倉であった
足利将軍家の6代義教から8代義政まで仕えた近臣(軍師/同朋衆)であった
義政に命じられ、三条西実隆に師事し、香道の規範を策定した
文亀元年、「名香合」が宗信宅で行われた。
などがある。
このうち、「文亀元年五月二十九日名香合」であるが、
志野宗信家において十人の出席者が二種ずつ持ち寄った名香をたき、左右で十番の香合わせを行った勝負の記録である。参加者の一人に連歌師肖柏がおり、彼が判定を行った。
その後、三条西実隆が、依頼されて跋文を作った、と解釈でき、その出席者、時代とも矛盾がなく、これは史実とみなしてよいかと思われる。
となると、現在、志野宗信の具体的な生没年月日は、学問上は未詳と言わざるをえず、伝えでも複数候補があるが、少なくともこの文亀元年時点では息災だったとなる。
当会では、十八代宗家 藤井宗生の流祖像画賛に基づき、大永二年三月十八日に八十二歳で没したという説をとる。
好みとして、
四季棚 書院の格式ある飾り棚として
とある。
志野棚も考案したが、完成させたのは二代目宗温という。
参考文献
『志野流茶道』基礎編、史料編、藤井宗生、志野流松風会、1982-83
『志野流の茶道』上下、英 宗幽、人形のはなふさ、1997
『尾張の茶道』熊沢五六,中村昌生,松村静雄編、河原書店、1972
『香道 : 歴史と文学』三条西公正、改訂新版、淡交社、1985
『中世後期の香文化:香道の黎明』本間洋子、思文閣出版、2014
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